4つのまちとおもしろ物件をめぐるツアー 米子編レポート
6月28日、ツアーの3回目は米子市。
米子市は人口14万人。江戸時代初期から商業都市として発展し、「山陰の大阪」とも呼ばれる。江戸時代に米子城が築城されてから、外堀の内側に武家地が、外側に沿って町人地が発展していた。町人地は商人の町であり、奥行きの長い日本独特の都市型住宅「町家」が軒を連ねていた。明治維新後、武家地は公共空間に、町人地は商店街として栄え、商店街の背後には狭い路地沿いの長屋住宅が無秩序に形成されていた。このような城下町の構造が今も残っている。
今回のツアーは、米子の住環境や建築文化、生活文化の向上と発展に向け建築活動を通して共に考えることを目的に、米子在住や出身の建築の専門家らを中心につくられた「米子建築塾」と、地域資源の活用から、市街地の活性化でまちなか居住の推進を目的の一つとして活動中の「NPOまちなかこもんず」の皆様(今回は米子建築塾とNPOまちなかこもんずのコラボ企画です。)にご協力いただきました。
天気は曇り時々小雨。紫陽花が所々に咲いていた。参加者はスタッフもあわせなんと35名。ありがたいことにたくさんの方にお越し頂いた。
空き家を活用した「岩倉ふらっと」(学生シェアハウス+交流スペース)や「わだや」(福祉系カフェ)これからアーティストインレジデンスなどで、活用するかもしれない空き物件が載っている地図を片手に、手作りの旗をのせたミニテーブルを抱えた方が案内者となり、今回は初の2班に別れてのツアースタート。NPOまちなかこもんずの片木先生と、米子建築塾の来間さんにツアーをそれぞれ先導していただき、歴史的なお話も交えながらの町歩きとなった。
参加者は、毎回ツアーに参加されている方や、米子在住で古民家に住んでみたい方、建築の勉強をされている学生さん、お店を開きたい方、最近Uターンで東京から帰ってこられて何かしようとされている方など、いろいろなポジションの参加があった。
昔は米子港から旧加茂川を経由して、物流が行われていた。その面影が蔵や長屋として残っており、1歩足を踏み入れると、まるで数100年前にタイムスリップをしたような感覚を味わったかと思えば、昼間ではあったが、現代の夜の町を感じるような看板がたくさんある場所に行ったり。エリアによって様々な雰囲気をだしてくる。
米子の商店街はアーケードが外され、空が見えているところが出来ていた。途中、街で仕事中のおじさんに「何も面白いものなんてない」と言われた。米子の街には愛着のある公会堂があり(建築した村野藤吾の趣そのままにリニューアルしてある。カフェ・素敵な芝生が出来ていたりする。)、岩倉ふらっともある。街を歩いてみると昔と今を瞬間に感じ、面白いところも、可能性もあると感じた。
交流会では、岩倉ふらっとの隣の隣にある駄菓子屋さんで100円を握って、お菓子を買ってみんなで食べた。子どもに戻ったような・大人の遠足のような。昔と今。今回のツアーそのものであった。参加者同士の出会い、ツアーの感想を共有し終了。米子建築塾・NPOまちなかこもんずの創造性が発揮されたツアーとなった。
photo :Kotaro miyake
tekt: Miki Taniguchi